・佐藤はパソコンを使って書の伝統を甦らせた。
本の紙面の真中に、和歌や俳句、古今の名文を置いてみる。解説は文字を小さくして隅に置く。名文は書を書くつもり。解説などは鉛筆で書き込むつもり。26〜27ページと28〜29ページを見てください。賢治の擬声語「ポッシャリ ポッシャリ」、「ツイツイ トン ツイツイ トン」を、絵を書くように置いてみた。250ページの漢字「蛙」も面白い。偏と旁がくっついてなくバラバラになっている。活字では絶対にありえないこと。でも、書は人なり。手書きだったら書き手の個性、書きぶりとか、癖、表現と言われるあたりまえのこと。
解説や作家紹介の文章量を一律にしない。必要に応じて長短をつける。
写真もイラストも罫線も使わずに、文字だけで表現する。
本文すべてのページをデザインした。
文字が呼吸をしている。ざわざわと動いている。リズムを刻んでいる。文字を見ているだけで楽しい。イメージが湧いてくる。文字だけなのに退屈しない。文字が語りだす。文字から調べが聞こえてくる。
和歌は芸術家に書かれることで、様々に書かれることで、その時代の書として、文学として甦りつづけてきた。佐藤は明治の活版印刷導入以来、変わることのなかった本の文字組を変えた。見本帳から選ぶしかなかった字体を、独自に作った。本書の名文の字体は、『にほんごであそぼ』のオリジナルである。パソコンが可能にした。佐藤はパソコンを書の筆のように、鉛筆のように使った。
自由だけど秩序を保ち、分別のあるモダニズム・デザインの美しさ。
日本的な文字表現の本、音読暗誦のための本、鑑賞のための本が出来上がった。
平仮名は生まれて一千年の歴史を持ち、日本の書は、現存する日本の最古の書・聖徳太子「法華義疏」(ほっけぎしょ)からは数えて一千四百年の歴史を持つ、活版印刷が本格導入されてから百四十年。この膨大な歴史に敬意を払いながら、本書は、書と活版印刷の今日的な融合のささやかな提案であり、その第一歩である。「散らし書き」「分かち書き」など、引き続きじっくりと取り組んでいきたいと考えます。
・真四角の白い本。
本書は、本文のデザインに美術館での展示方法を採用した。本書のサイズは150mmの正方形である。厚さが足りないけど、ホワイト・キューブに近い形の本。美術館に関わる言葉に「ホワイト・キューブ」という用語がある。
“現代の美術館建築は、ニュートラルで、作品に対していかなる干渉も行なわないように準備された白色の展示空間、いわゆるホワイト・キューブ(白い箱、引用者注)の展示室を基本としている。”1929年11月のニューヨーク近代美術館の開館と共にホワイト・キューブが誕生した。“開館記念にはセザンヌ、ゴーギャン、スーラ、ヴァン・ゴッホの展示が企画され、これらの作品が白一色に塗られた展示室に一枚ずつ、展示された。作品だけを独立して鑑賞するための工夫であった。それまでの展示が、既存の宮殿やサロンの壁面に何段にもわたって架け並べられるものであったことに比較するなら、ここに現れた展示空間はまさしく「近代的な」(モダニズム、引用者注)ものであった。”『谷口吉生のミュージアム』−ニューヨーク近代美術館[MoMA]巡回建築展図録−鈴木博之の巻頭論文『開かれてゆく風景−谷口吉生の美術館建築』、より引用。
「ホワイト・キューブ」は、原則一壁面に一作品。作品の鑑賞を妨げない白い壁。鑑賞者は作品とだけ対面する。建築のモダニズム・デザインは美術館の機能を追究して「ホワイト・キューブ」を作り出した。
私達も音読暗誦・鑑賞という目的・機能を追究して、モダニズム・デザインの150oの「真四角で白い本」を創作した。「真四角で白い本」は、「ホワイト・キューブ」であり、美術館や博物館を想起させる。本書の構造は、ページという平面のつながりではなく、ページを繰ると新しい見開き世界に次々と出会う立体的なもの。例えて言えば、角を曲がると、次々と新しい世界が展開する建築的な造りである。活字の本だが絵本のような楽しさがある。
「真四角で白い本」は器である。今後、さまざまな作品を、さまざまなテーマをこの器に盛ってみたいと考える。 次へ→