・NHKテレビ『にほんごであそぼ』が始まった。奇跡が起きた。
熱血教育者・齋藤はあらゆる機会に、音読暗誦を実践して示し、その復興を語りつづけた。驚異的な出版点数(これも奇跡です)、文化庁の文化審議会国語文科会での意見表明、新聞・雑誌への執筆、テレビ・ラジオへの出演、地を這うような全国を巡る講演活動。そして、テレビが始まる。
“テレビ『にほんごであそぼ』は『声に出して読みたい日本語』で紹介された名言、名句の幼児版はあるのだろうかという、NHKからの質問から始まりました。僕は、番組の監修をしています。結果は、なんと、子どもだけでなく、その親、大人たちまで巻き込む大ヒット。二歳〜六歳に限定していえば『ドラえもん』に次ぐ高視聴率。43.8%(NHK放送文化研究所、平成十五年六月幼児視聴率調査より)”本書まえがき、より引用。
“日本語文化は、新しい時代に入った。
NHK教育テレビ『にほんごであそぼ』が大反響を呼んだことで、こう確信した。(中略)『論語』の「吾れ十有五にして学に志す。……」や『平家物語』の「祗園精舎の鐘の声、……」、中原中也の『よごれつちまつた悲しみに……』の「よごれつちまつた悲しみに……」などを幼児が楽しみながら暗誦している姿は、教育事業としてみれば一つの奇跡だ。”『声に出して読みたい日本語(3)』はじめに、より引用。
この「奇跡」を、本書のまえがきでは以下のように表現している。
“全国各地の子どもたちが『寿限無』を言えるようになった。幼稚園児だってそらで言えちゃいます。そんな時代が来るとは誰も思わなかった。日本開闢以来そんな時代はない!中原中也の「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」も、夏目漱石も、太宰治も、『徒然草』も一挙に有名になりました。”
“名文を暗誦するのは、日本語の柱を作ることになる。(中略)これがなにより大切な基礎工事だ。なんとしても後戻りしない杭を打ち込む。そういう強い信念で仕事をしてきた。そして、ここまで来て、時代は後戻りをしないことを確信した。” 『声に出して読みたい日本語(3)』はじめに、より引用。
冒頭に書いた新しい世代が誕生した。ちょっと前まで子供といえばゲームと漫画ばかり。その子供たちが今や古典や日本語に夢中になっている。『にほんごであそぼ』の放送が始まるとテレビにかじり付き、一緒に声を合わせる子供たち。子供たちとは、幼児と小学校低学年の児童。音読暗誦を始めるには最適の年齢である。彼らを誇らしげに見守る親たちと、おじいちゃんおばあちゃんたち。(このおじいちゃんおばあちゃんたちは、『声に出して読みたい日本語』に殺到してベストセラーに押し上げた人たちである) 家族みんなが一緒になって音読暗誦する、理想的な展開である。毎年毎年、新しい子供たちが次々と古典や日本語に出会い、音読暗誦する。
私達の課題は、この奇跡を持続し、小学校、中学校、高校と継続させること。『にほんごであそぼ』を、幼児の英語やピアノに終わらせないことだ。小中高の学校、教育、家庭、社会、出版界が、文学に親しむ環境を組織だって長期的に提供しつづけること。
そして彼らは成長していく。中学生になったとき、思春期をむかえたとき、漱石や太宰を読み『百人一首』で遊び、浪漫な詩集を愛誦する。高校生になったとき何の抵抗もなく古典を暗誦する。古典に親しむ。読書も復活する。ここ何十年と途絶えていたことだが、古典が再び日本人の心を潤し始めるのだ。
このチャンスを大切に育てたい。
古典の滋養をたっぷりと含んだ土壌の中から、二十一世紀の司馬遼太郎や黒澤明、手塚治虫が十年後、二十年後に、きっと生まれる。
齋藤孝は、本書のあとがきを、次のように結んでいる。
“NHKテレビの『にほんごであそぼ』を見て、この本を読んで育った子どもたちが青年になり、大人になる頃、日本は明らかに変わっているでしょう。日本語のパワーを体内に備えた人間が、文化や政治や経済を支えるのです。海外の国々との付き合いもそんな人たちがするのです。それが僕の夢。楽しみだなぁ。” 次へ→